大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所 平成3年(行ウ)3号 判決

原告 日本総合保険企画株式会社

被告 丸亀税務署長

代理人 吉池浩嗣 関安喜良 ほか四名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告の昭和六三年一二月一日から平成元年一一月三〇日までの事業年度の法人税について、平成二年六月二七日付けでした更正のうち所得金額二二四七万六七〇五円、納付すべき税額八〇四万八五〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、損害保険、生命保険の保険代理業等を営む会社である。

2(一)  原告は、平成二年一月三一日、昭和六三年一二月一日から平成元年一一月三〇日までの事業年度の法人税について、所得金額二二四七万六七〇五円、納付すべき税額八〇四万八五〇〇円と確定申告した。

(二)  これに対し、被告は、平成二年六月二七日、所得金額二七八七万一九三三円、納付すべき税額一〇三〇万六四〇〇円とする更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税二二万五〇〇〇円を賦課する旨の決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。

(三)  原告は、平成二年八月二〇日、本件更正のうち、所得金額二二四七万六七〇五円、納付すべき税額八〇四万八五〇〇円を超える部分及び本件賦課決定が不服であるとして国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、平成三年九月三〇日、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

3  しかし、本件更正のうち、所得金額二二四七万六七〇五円、納付すべき税額八〇四万八五〇〇円を超える部分については、原告が、平成元年一一月二八日、住友海上火災保険株式会社(以下「住友海上」という。)との間で締結し、同時に払い込んだ介護費用保険普通保険約款に基づく保険契約の保険料全額の損金算入を被告が否認し、原告の所得金額を過大に認定した違法があり、従って、これを前提とした本件賦課決定も違法である。

4  よって、原告は、被告に対し、本件更正のうち右の限度を超える部分及び本件賦課決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)ないし(三)の各事実は認める。

3  同3の主張は争う。

三  被告の主張

1  原告の係争事業年度分の所得金額、納付すべき法人税額等について

(一) 所得金額 二七八七万一九三三円

これは、確定申告した所得金額二二四七万六七〇五円に、確定申告した福利厚生費のうち損金に算入されない金額五三九万五二二八円を加算したものである。そして、この五三九万五二二八円は、福利厚生費に介護費用保険料として計上した五四一万五九九〇円から別表一の「〈4〉損金算入額」欄の合計額二万七六二円を控除した額(同表一〈5〉)である。

(2) 納付すべき法人税額 一〇三〇万六四〇〇円

右(一)の所得金額に対する納付すべき法人税額は別表二のとおりである。

(1) 軽減税率適用所得金額に対する税額 八六万一一二〇円(別表二〈10〉)

昭和六三年法律第一〇九号による改正前の租税特別措置法四二条の二第一項の規定により、配当等の金額で当該事業年度の所得の金額のうちから配当等をしたものとして政令で定める金額三〇〇万円から受取配当等の益金不算入額一〇万五三四円を控除した二八九万九〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨て)が軽減税率適用所得金額(別表二〈5〉)である。

この金額のうち、同条二項の規定により八〇〇万円以下の所得からなる部分の金額は八三万二〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨て)(別表二〈6〉)であり、この金額に所定の一〇〇分の二四の税率を乗じ(別表二〈8〉)、軽減税率適用所得金額から八三万二〇〇〇円を控除した二〇六万七〇〇〇円(別表二〈7〉)については、所定の一〇〇分の三二を乗じ(別表二〈9〉)、その合計額八六万一一二〇円(別表二〈10〉)が、軽減税率適用所得金額に対する税額である。

(2) その他の所得に対する税額 九六二万八〇八〇円(別表二〈16〉)

その他の所得金額は、前記(一)の所得金額から右(1)の軽減税率適用所得金額を控除した二四九七万二〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨て)(別表二〈3〉〈11〉)である。

このうち八〇〇万円から右(1)の八三万二〇〇〇円を控除した七一六万八〇〇〇円(別表二〈12〉)については所定の一〇〇分の三〇の税率を乗じ(別表二〈14〉)、その他の所得金額二四九七万二〇〇〇円(別表二〈11〉)から右の七一六万八〇〇〇円を控除した一七八〇万四〇〇〇円(別表二〈13〉)については、所定の一〇〇分の四二の税率を乗じ(別表二〈15〉)、その合計額九六二万八〇八〇円(別表二〈16〉)が、その他の所得に対する税額である。

(3) 納付すべき法人税額 一〇三〇万六四〇〇円(別表二〈29〉)

右(1)(2)の合計額一〇四八万九二〇〇円(別表二〈17〉〈18〉)から所定の控除額一八万二七〇二円(別表二〈28〉を控除した一〇三〇万六四〇〇円(一〇〇円未満切捨て)(別表二〈29〉)が、納付すべき法人税額である。

2  介護費用保険料の損金算入について

(一) 支払保険料の損金算入について

(1) 支払保険料の損金算入に関しては、法人税法上、別段の定めがないから、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準(法人税法二二条四項)に従って計算されることになる。

(2) 一般的には、損害保険等に係る掛け捨て型の未経過部分の支払保険料は、前払費用であって当期の損益計算から除去され、保険期間の経過に応じて損金の額に算入されるべきである(企業会計原則第二、一、A、企業会計原則注解(注5)(1))。

(3) しかし、保険契約の内容は多種多様にわたるものであるので、右基準のみに基づいて画一的に取り扱い、その損金算入額を画定することは、適正、公平な課税の観点から相当でないため、支払保険料の損金算入額は、当該保険契約の具体的内容に応じて、いかなる金額を前払費用として損金算入額から除外し、その残余を損金の額に算入するのが相当か、という観点から判断される。

(二) 介護費用保険の概要

介護費用保険は、これから本格化する高齢化社会に向け、寝たきりや痴呆による介護費用を担保する商品として平成元年九月に発売されたものであり、その概要は次のとおりである。

(1) 介護費用保険の内容は、被保険者が、寝たきり又は痴呆により要介護状態になった場合、その介護に要した費用に対して保険金が支払われるもので、「医療費用・介護施設費用保険金」「介護諸費用保険金」「臨時費用保険金」からなり、医療費、介護施設費、ホームヘルパーの雇い入れ費用、自宅改造費用等が支払われる損害保険である。

保険期間は、「終身(保険期間の初日から被保険者が死亡したときまで)」であり、被保険者が死亡した場合には、保険契約は終了する。

(2) 契約関係は、〈1〉保険契約者は個人又は法人、〈2〉被保険者の年齢は、満二〇歳以上七〇歳以下の個人、〈3〉保険金受取人は常に被保険者(法人は受取人になれない。)、〈4〉保険料の支払者は保険契約者、〈5〉保険料の支払方法は、一時払、短期払済(年払、半年払、月払)(払済期間は最高七〇歳までの期間)、一部一時払(払済期間は最高七〇歳までの期間)、〈6〉保険期間は終身、というものである。

(3) 保険金の支払

被保険者が、寝たきり又は痴呆のため介護が必要であるとの医師の診断を受け、その日から継続して要介護状態にある期間が一八〇日を超えた場合、保険事故が生じたものとして保険金が支払われる。その内容は、〈1〉医療費用・介護施設費用保険金として、病院もしくは診療所又は介護施設に支払った毎月の費用の全額(ただし、「医療費用・介護施設費用保険金月額」(一〇万円以上二〇万円以下の範囲で設定する。)を限度とする。)、〈2〉介護費用保険金として在宅介護・有料老人ホームで介護を受けているとき等の場合、「介護費用保険金月額」(二〇万円を基本とする。ただし、状況に応じて一〇万円とすることもできる。)の全額、病院・診療所に入院して介護を受けているときは、「介護費用保険金月額」の五〇パーセント、八日間以上介護施設に入所して介護を受けているときは、「介護費用保険金月額」の一五パーセントの額、〈3〉臨時費用保険金として、介護機器(車椅子、介護用ベッド等)の購入費用、住宅改造費用の全額(ただし、保険期間を通じて、「臨時費用保険金額」(一〇〇万円以上二〇〇万円以下で設定する。)を限度とする。)を支払う。

(4) 解約返戻金

介護費用保険契約を中途解約した場合又は保険事故発生前の被保険者の死亡により契約が終了した場合、原則として、保険契約者に解約返戻金が支払われるが、その額は、一時払にあっては、被保険者が六〇歳前後のときで解約返戻金の額が払い込んだ保険料額を上回る場合がある。また、月払又は年払にあっては、六〇歳から六五歳までは、払込保険料の額の概ね五〇ないし八五パーセント程度の額が解約返戻金として保険契約者に支払われることとなる。

ただし、保険事故が発生した場合又は被保険者が七五歳になった場合には、以後契約を解約しても解約返戻金はない。

なお、解約返戻金の額は、契約当初からの確定金額であり、以後変更されることはない。

(三) 介護費用保険の支払保険料の損金算入について

(1) 右の解約返戻金の取扱いをみると、〈1〉中途解約又は保険事故発生前の被保険者の死亡により契約が終了した場合において、保険料の支払方法が一時払の場合にあっては、契約終了時の被保険者の年齢が六〇歳ないし七〇歳までは、解約返戻金の額が、払い込んだ保険料の金額を上回る場合があり、また、月払又は年払のものにあっては、契約終了時の被保険者の年齢が六〇歳ないし六五歳までは、払い込んだ保険料の金額のおおむね五〇パーセントないし八五パーセント程度の額が解約返戻金として保険契約者に支払われ、〈2〉保険事故(要介護の状態)が発生した場合又は被保険者が七五歳になった場合には、以後、契約を解約しても解約返戻金は支払われないこととされている。

(2) そして、右のように、解約返戻金の額が、支払保険料の額を上回り又は相当の割合を占めており、その割合もおおむね被保険者が六〇歳になるまで高くなっているのは、介護費用保険が、損害保険であって満期返戻金はないものの、その保険事故は被保険者が高齢になってから生ずるのが通常であるにもかかわらず、その保険料の支払額が保険料支払期間を通じて年額又は月額で一定となっていること(平準化)によるものである。

(3) そうすると、保険期間の初期の期間に対応する保険料には、保険期間の後期の期間に対応する保険料が内包されている(前払部分がある)ため、介護費用保険の保険料について、いわゆる定期保険と同様、単に支払の対象となる期間の経過により損金の額に算入すること(法人税基本通達9―3―5)は相当でなく、右介護費用保険の特質に即して、〈1〉月払又は年払の介護費用保険料については、原則として、期間の経過に応じて損金の額に算入することとすることが、〈2〉一時払介護費用保険料については、保険料払込期間を加入時から七五歳に達するまでの期間と仮定して、その期間の経過に応じて、期間経過分の保険料につき、右〈1〉の取扱いにより処理するのが相当である(平成元年一二月一六日付け国税庁長官通達「法人又は個人事業者が支払う介護費用保険料の取扱いについて」、以下「本件通達」という。)。

(四) 本件介護費用保険料の損金不算入額の計算

(1) 原告の契約した本件介護費用保険の契約状況は、別表一の「〈1〉契約時年齢」「〈2〉保険料」「〈3〉契約時から七五歳までの月数」欄記載のとおりであり、保険料は、一時払の方法で支払われた。

(2) 原告は、係争事業年度中である平成元年一一月二八日、本件保険契約を締結していることから、原告の係争事業年度に係る本件保険契約の保険期間は一か月となる。

被保険者のうち、係争事業年度において六〇歳に達している葛石賢蔵については、支払保険料は、期間の経過に応じて損金の額に算入すべきであるので、別表一の「〈2〉保険料」欄の額を「〈3〉契約時から七五歳までの月数」欄の月数で除し、保険期間月数一を乗じた「〈4〉損金算入額」欄の一万四二一八円が損金算入額となる。

(3) 被保険者のうち葛石賢蔵以外の者については、係争事業年度において、いずれも六〇歳に達していないため、期間の経過に応じて、期間経過分の保険料の五〇パーセント相当額を損金の額に算入すべきであるので、別表一の「〈2〉保険料」欄の額を「〈3〉契約時から七五歳までの月数」の月数で除し、保険期間月数一を乗じた額の五〇パーセント相当額である「〈4〉損金算入額」欄の合計額六五四四円が損金算入額となる。

(4) そこで、葛石賢蔵及びその他の者に係る損金算入額は、合計二万七六二円となり、同額が原告の係争事業年度における損金の額に算入される介護費用保険の金額であり、係争事業年度分の損金の額に算入されない介護費用保険料は、別表一の「〈2〉保険料」欄の合計額から「〈4〉損金算入額」欄の合計額を控除した「〈5〉損金の額に算入されない額」の合計五三九万五二二八円である。

3  本件更正の適法性

右1、2記載のとおり、原告の係争事業年度の所得金額は、二七八七万一九三三円であるので、本件更正は右所得金額と同額であって適法である。

4  過少申告加算税の本件賦課決定の適法性

本件更正が適法になされたものであることは右のとおりであるところ、本件更正により納付すべき税額について、計算の基礎となった事実のうちに本件更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由が認められないから、本件更正に基づき納付すべき税額二二五万円(一〇三〇万六四〇〇円から確定申告に係る八〇四万八五〇〇円を控除したもの。一万円未満切捨て)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した過少申告加算税の金額は、二二万五〇〇〇円となるので、本件賦課決定は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否

被告の主張1の計算方法自体、同2(二)記載の介護費用保険の概要、同2(四)(1)記載の原告締結の本件介護費用保険の契約の概況、同(2)ないし(4)記載の所得金額に対する納付すべき法人税額の計算方法、計算過程自体については明らかに争わない。

被告の主張のうち右以外の主張は争う。

五  被告の主張に対する原告の反論

1  本件の一時払保険料合計五四一万五九九〇円(別表一〈2〉の合計欄)は、全額損金処理すべきものである。

(一) 被告は、介護費用保険の一時払保険料は前払費用であるというが、前払保険料(前払費用)であるためには、〈1〉払込期日が到来する毎に保険料の払込に充当するものとして支払ったということ、〈2〉保険事故が生じても未経過保険料については返還されるということ、といった条件が必要であるところ、本件の一時払保険料は、保険期間の将来にわたり周期的に払い込むべき保険料を保険契約締結の際一時に払い込み以後は払込をしないものであって、将来の払込期日が到来する毎に保険料の払込に充当するものとして支払われるのではなく、保険期間中に保険事故が発生した場合には保険料の返還はないので、右の条件を充たすものではない。右条件を充たすものとしては、一時払以外に前納払が用意されており(保険約款一三条)、一時払は前納払と同一視できない。

(二) 解約返戻金についても次のような問題点がある。

(1) 被告は、解約という前提条件を仮定して会計処理している。法人が契約する定期保険の団体契約の場合は、被保険者が従業員であっても受取人が契約者である法人となっている場合が一般的である。契約者と受取人とが同一であるから解約が自由に行われうる。しかし、介護費用保険では、被保険者は常に受取人であり、契約者の法人は受取人にはなれない。法人が従業員に対し、保険契約をなし、従業員の福利厚生として終身にわたり保険利益が享受できるように保証したものを、契約者の任意で解約できるとすると法人の背信行為となる。

(2) 解約返戻金は、預託された前払保険料の返還という意味ではなく、解約したときに実現する未実現収益として理解すべきである。

このことを企業会計原則にあてはめれば次のとおりである。企業会計原則では、発生主義の原則として「すべての費用及び収益は、その支出及び収入に基づいて計上し、その発生した期間に正しく割り当てられるように処理しなくてはならない。ただし、未実現収益は、原則として、当期の損益計算に計上してはならない。」とされ、また、重要性の原則について、「企業会計は、定められた会計処理の方法に従って正確な計算をおこなうべきものであるが、企業会計が目的とするところは、企業の財務内容を明らかにし、企業の状況に関する利害関係者の判断を誤らせないようにすることにあるから重要性の乏しいものについては、本来の厳密な会計処理によらないで他の簡便な方法によることも、正規の簿記の原則に従った処理として認められる。」とされ、前払費用、未収収益、未払費用及び前受け収益のうち重要性の乏しいものについては、経過勘定項目として処理しないことができる。

被告主張のように前払費用として処理すると、その金額は非常にあいまいで信頼性に乏しく、企業の状況に関する利害関係者の判断資料としては不適切であり、重要性のあるものとは判断できない。

したがって、前記各原則に従い、被保険者の死亡という偶然の解約事由が発生して解約返戻金を受領した時点で適切な会計処理をすることが会計原則を損なわない合理的な処理である。

(3) 解約返戻金が確定したものであるかについては、保険期間について考えてみても明らかな根拠のあるものではないことがわかる。つまり、〈1〉七五歳までを保険期間とする。〈2〉七〇歳(保険料払い済年齢)までとする。〈3〉平均余命年数期間、というようにいくつかの考え方がありえ、〈1〉でなければならない根拠が乏しい。

(三) 生命保険の中には、掛け捨てで解約返戻金があり、かつ、掛金が全額損金処理できる商品として逓増定期保険特約付定期保険があり、解釈が統一されているとはいえない。

2  本件賦課決定については、過少申告加算税計算の基礎となった事実のうちに、当初の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、次のとおり正当な事由がある。

本件のような新しい保険が発売され、その税務処理について疑義が生ずると予想される場合は、監督官庁は速やかに通達を出して混乱の生じないよう配慮しなければならない。平成元年九月に介護費用保険が発売されたにもかかわらず、同年一二月一六日付の本件通達が被告に到着したのは平成二年一月半ばであった。原告は、決算を終え、同年一月三一日に本件の確定申告(同日が確定申告の期限)をしたものである。本件は、新しい保険の会計処理の見解の相違により発生したもので、本件通達が早く出されていれば本件の解釈上の混乱は回避できたはずである。また、仮に、複数の合理的な会計処理があるとすれば、そのいずれを採用するかは、納税者の選択に委ねられるべきであり、原告が一方的に責めを負うべきではない。

六  被告の主張に対する原告の反論に対する認否

右原告の反論1(一)ないし(四)、同2は争う。

本件通達は、平成元年一二月一六日付けで発遣されたが、その内容はそれ以前に損害保険会社及び保険代理店等に対して事実上公表されており、同月中旬ころまでには、損害保険会社及び保険代理店等の間では周知のこととなっていた。原告も、損害保険会社数社の保険代理店をしており、機関紙により本件通達の内容を十分に知りえたものである。

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるからそれをここに引用する。

理由

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二  介護費用保険料の損金算入について

1  介護費用保険の概要ないしその特徴については被告の主張2(二)、原告締結にかかる本件介護費用保険の契約の状況については同2(四)(1)の各記載のとおりであり、これらの点については当事者間に争いがないが、なお、〈証拠略〉をも総合して一般的な損害保険と比較しつつ介護費用保険の特徴をみてみると、次のとおり認められる。

一般的な損害保険の場合は、保険契約期間は長短の別はあってもその周期は明確であり、その場合の役務の提供とは、リスクに対する準備と生じた事故に対する補填であり、一般的に事故が発生しなかった場合についていうと、時の経過とともに役務は提供され、終了とともに全ての役務は提供され尽くすということになる。したがって、役務の提供と時の経過の関係は、役務の提供は時の経過に対して平均的に割り当てられていると考えることができる。

ところが、介護費用保険の場合は、損害保険の一種ではあるが、(1)若年層においては事故発生率が低く、高年層において事故発生率が高くなることが想定されているので、リスクに対する準備効果は時の経過と関係があることになり、平均的ではありえない。(2)保険機関が終身とされており、これについては、平均余命期間とも考えられるが、必ずしも明らかとはいえない。(3)この保険では一定の年齢に達するまで、解約返戻金が予定されており、それは、(1)で示したことから若年層において年々増加し、高年層において年々減少していく、というものであり、本件介護費用保険についていうと、別表三のとおりである。

2  ところで、介護費用保険の保険料が一時払の方法で支払われた場合、法人税法上、これを全額当該事業年度の福利厚生費として損金に算入することの可否については、別段の定めがないので、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って算定される(法人税法二二条四項)。

そして、そこにいう一般に公正妥当と認められる会計処理の基準の中心をなすのは、企業会計原則等の計算規定であり、これに確立した会計慣行も含まれるので、かかる見地から本件介護費用保険について以下検討する。

(一)  まず、一般的な保険契約においては、〈証拠略〉によると、企業会計原則上、一般に次のとおり理解されている。

すべての費用及び収益は、その支出及び収入に基づいて計上し、その発生した期間に正しく割り当てられるように処理しなければならず、前払費用及び前受収益は、これを当期の損益計算に計上しなければならない(企業会計原則第二 損益計算書原則一、A)(編注「計上しなければならない」は、「計上してはならない」の誤りか。)。そして、前払費用は、一定の契約に従い、継続して役務の提供を受ける場合、いまだ提供されていない役務に対し支払われた対価をいい、こうした対価は、時間の経過とともに次期以降の費用となるものであるから、これを当期の損益計算書から除外するとともに貸借対照表の資産の部に計上しなければならない(企業会計原則注解5、経過勘定項目について)。

したがって、保険契約から生ずる役務提供とその対価のずれを調整し、期間損益計算の適正を図るためには支払保険料のうち次期以降の期間の役務提供と対応すべき金額を前払費用に計上する必要がある。

なお、重要性の原則から、重要性の乏しいものは本来の厳密な会計処理によらないで他の簡便な方法によることも正規の原則(編注「正規の簿記の原則」か。)に従った処理であり、その適用例として、前払費用、未収収益等のうち重要性の乏しいものについては経過勘定項目として処理しないことができる(企業会計原則注解1、重要性の原則の適用について)。しかし、これは、企業の財務内容を判断するに当たり、重要な影響がないことを前提として適用される。したがって、右原則を適用して、貸借対照表、損益計算書上省略できるか否かは、貸借対照表、損益計算書上の金額と前払費用に計上すべき金額を対比し、その重要性(利益の額、総資産額等への影響)を個別的に判断して決するべきものである。

(二)  そこで、本件介護費用保険の場合について検討するに、〈証拠略〉によると、本件介護費用保険は、原告がその従業員等の福利厚生のために締結したもので、原告が保険料を費用として支出することにより、保険会社は被保険者である原告の従業員等が要介護状態になった場合に保険金を支払うことを約束し、従業員等に安心を与えるという役務を提供しており、従業員等はこの役務を保険期間中継続して受けることにより、将来要介護状態になったときのことを心配せずに働くことができ、最終的には原告の売上向上という収益に結びつくことになる。

そして、解約返戻金の取扱いが右二1(被告の主張2(二)(4))記載のようであるのは、前記認定のように役務提供の程度が時の経過に対して均等ではないこと、しかし他方、保険料の支払額が保険料支払期間を通じて年額又は月額で一定になるよう設計されている(平準化)からである。したがって、一時払の方法により支払われた本件保険料は、収益に対応する費用として適正に期間配分する必要がある。本件保険料のうち係争事業年度の発生費用に該当する部分が期間費用(福利厚生費)として損金に算入されることになり、この期間費用につき、前払費用についての前記1記載のとおり、当期の期間費用と次期以降の費用とを区別するべきであるから、係争事業年度の期間費用のほか、次期以降の事業年度の費用となる前払費用が含まれることになる(なお、重要性の原則については、前記1記載のとおりであり、本件保険料が重要性の乏しいものであれば、前払費用部分も含めて、係争事業年度の発生費用として全額損金算入も可能であるが、本件介護費用保険の保険料の前払費用部分の金額は、原告の企業形態からして極めて高額であり、重要性がないとは到底いえないというべきである。)。

また、一時払であっても、解約返戻金が存在する本件の場合、純粋に保険効果を期待して契約するだけではなく、投資的な効果も期待しているとみるのが相当である。そうすると、支払保険料は純粋に保険効果を期待した部分と投資的効果を期待した部分からなるといえるので、後者の部分について支払時に一括して損金処理することは考えられないというべきである。

したがって、次期以降の事業年度の費用となる前払費用部分までも本件事業年度の発生費用としてその全額を損金算入することは妥当でなく、本件支払保険料を収益に対応する費用として適正に期間配分するのが相当である。

そこで、どのように期間配分すべきかについては、介護費用保険においては、期間終身とされていることから、期間をどのように考えるべきかが問題となる。この場合、たしかに、原告が、四 被告の主張に対する原告の反論1(二)(3)で主張のように、いくつかの解釈の可能性があるが、被保険者が七五歳以後は契約を解約しても解約返戻金はないとされていることから、保険料払込期間を加入時から七五歳までの期間と仮定して、その期間の経過に応じて、期間経過分の保険料について損金の額に算入するとの被告の主張が妥当であり、これを採用すべきである(保険期間自体は、終身であるから、被保険者が七五歳を過ぎても存在している限り役務提供は実在するから、企業に有利な方向で処理の簡便性を考慮したと評価することもできる。)。

3  本件介護費用保険はこれまでになかった新種の保険であり、以下において、原告の反論についても検討する。

(一)  原告は、本件の一時払保険料は、保険期間の将来にわたり周期的に払い込むべき保険料を保険契約締結の際一時に払い込み、以後は払込をしないものであって、将来の払込期日が到来する毎に保険料の払込に充当するものとして支払われるのではなく前払費用ではないとし、前払保険料(前払費用)であるためには、〈1〉払込期日が到来する毎に保険料の払込に充当するものとして支払った、〈2〉保険事故が生じても未経過保険料については返還される、といった条件が必要であるところ、本件の一時払保険料は、こうした要件を充たさない旨主張している。

しかし、収益と費用が対応関係にあり、適正に期間配分されなければならないことは当然の前提であるところ、前記企業会計原則注解5にあるとおり、一定の契約に従い、継続して役務の提供を受ける場合であれば、一時払いでも前納払いでも右要件に当たれば前払費用となるのであって、保険会社が保険料をどのように充当するかは関係がないものというべきであり、原告の主張は失当である。

(二)  また、原告は、解約返戻金は、確定してはいるが将来解約のとき実現する収益であり、これを前もって支払った費用から控除することは未実現収益を利益に計上することになり、また、本件介護費用保険では、被保険者である従業員が常に受取人で、契約者である法人が従業員の福利厚生のために契約したものであるのに、これを任意で解約することは背信行為であり、これを前提とする会計処理は不合理である旨主張している。

しかしながら、支払保険料のなかには、投資的部分があることも前記のとおりであるし、また、〈証拠略〉によると、介護費用保険普通保険約款二三条三項には、保険契約者が解約できる旨規定されており、被保険者の同意を要するといった制限はなく、〈証拠略〉によると、解約は、会計的には、投資回収の意思表示と理解することもできるのであって、原告の右主張は失当である。

(三)  さらに、原告は、支払保険料を前払費用として処理するとしても、その金額はあいまいで信頼性に乏しく、企業の状況に関する判断資料として不適切であり、重要性の原則からしても、企業にとって実現が不確実であることから重要性のあるものといえない旨主張している。

しかしながら、後記三で認定のように、原告は、本件係争事業年度の確定申告期限(平成二年一月三一日)までに、本件通達の内容を知りえたのであるから、前払費用の合理的な算定は不可能ではなく、しかも、原告が福利厚生費として損金算入の処理をしたうち、被告が前払費用として資産に計上すべきとして否認した部分は五三九万五二二八円であり、これは、被告の本件係争事業年度の申告所得額が二二四七万六七〇五円であることと対比しても重要性がないとは到底いえないのであり、原告の主張は失当である。

(四)  加えて、原告は、生命保険の中には、掛け捨てで解約返戻金があり、かつ、掛金が全額損金処理できる商品として逓増定期保険特約付定期保険があり、解釈が統一されているとはいえない旨主張している。

なるほど、〈証拠略〉には、長期平準定期保険の保険料の経理処理については、全額損金算入から保険期間の六割については半額損金、残る四割の期間については全額損金及び資産計上された保険料を損金として取り崩すという処理に処理方法が改められた(長期平準定期保険の支払保険料の会計処理に関する個別通達の発遣による処理の変更)が、保険料一時払の逓増定期保険特約付定期保険の中でも、東邦生命販売のものについては、全額損金処理ができるかのような記載がある。

しかしながら、〈証拠略〉によると、逓増定期保険特約付定期保険といっても、長期平準定期保険に該当するものとしないものがあり、後者についてのみ、年払の支払保険料の全額を損金処理できるとされていること、右通達発遣後でも長期平準定期保険に該当する逓増定期保険について、従前どおりの会計処理が行われた例もあるが、税務調査の際、担当職員が、右通達に準拠した会計処理をするよう指導しており、多様な会計処理がなされているとまでは認められない。したがって、右の主張も失当である。

4  以上のとおりであるので、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準によると、被告の主張2(三)記載の主張、従って本件通達を妥当なものとして是認することができる。

そうとすると、本件通達に基づいて、本件介護費用保険料のうち損金算入額と損金に算入されない額を計算すると、計算方法、計算過程自体については当事者間に争いがないから、被告の主張1、同2(四)(1)ないし(4)のとおりであり、結局、本件更正は適法であることに帰する。

三  過少申告加算税について

1  たしかに、本件のような新しい保険が発売され、その税務処理について疑義が生ずると予想される場合は、監督官庁は速やかに通達を出して混乱の生じないよう配慮しなければならないのは当然である。そして、〈証拠略〉によると、平成元年九月に介護費用保険が発売されたにもかかわらず、本件通達は同年一二月一六日付で発遣され、それが被告において受け付けられたのが原告が本件の確定申告をした平成二年一月三一日(係争事業年度の申告期限は右同日)の後である同年二月六日であったこと、本件通達の写しを被告から示されたのが同年三月二〇日ころであったこと、以上の事実が認められ、これによると、原告は確定申告のとき本件通達の内容を確定的に知ることができず、被告主張の会計処理をすることができなかった可能性を否定できない。

2  しかしながら、〈証拠略〉によると、原告は、本件の介護費用保険を販売している住友海上、大正海上保険株式会社(現「三井海上火災保険株式会社」、「以下「大正海上」という。)等損害保険会社数社の保険代理店等の業務を行うものであり、本件通達の内容を知りうるに足る特段の事情があったというべきである。すなわち、住友海上の場合、平成元年一二月六日、本件通達(当時は通達案)の内容を解説した同日付けの同社の代理店等への配付用機関紙「業務ニュース」が香川県丸亀支社に配付され、さらに同支社からその担当の代理店である原告に対し、遅くとも同月中旬ころまでには配付されていた。また、大正海上の場合は、本件通達の内容を解説した代理店配付用機関紙「HOT NEWS」(平成二年一月一日付け)が各代理店に対し配付されており、原告にも確定申告の期限までには配付されていたものと推認できる。

そうとすると、原告は、確定申告期限までに、保険会社の機関紙という極めて確度の高い情報により、本件通達の内容を十分知りえた可能性が高く、本件通達に基づいて会計処理をすることができたものというべきであり、原告の行った確定申告は独自の見解に基づくものというほかなく、過少申告加算税の計算の基礎となった事実のうちに、当初の税額の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認めることはできない。

したがって、本件賦課決定処分もまた適法であるというべきである。

四  以上のとおり、本件更正及び本件賦課決定に違法はないから、原告の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山脇正道 和食俊朗 森實有紀)

別表一

介護費用保険の損金不算入額の計算〈省略〉

別表二

法人税額の計算〈省略〉

別表三

契約者別解約返戻金推移表〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例